2008年9月27日土曜日
富盛の大獅子と戦争の傷跡【八重瀬町】

*八重瀬町(やえせちょう)富盛にある、富盛の石彫大獅子。

*旧・東風平町(こちんだちょう)

以前から“沖縄最古で最大のシーサー”という話は知っていたので、この辺りを通る時はいつも気になっていた。

今回、近くまで用事で来た後で少し時間があったので足を運んでみた。

案内標識をたどっていく途中で迷いそうになりながら、集落の奥にある入口にたどり着いた。

大獅子は丘の上にあるらしく、舗装された坂道が丘の上に続いている。坂道の両脇はウージ畑。

坂を登っていくと案内表示が見えた。
それを見ると、この場所は勢理城(じりぐすく)というグスクの中だった。


そしていよいよ大獅子とご対面。

しかし最初に見た時、
その面構えに一瞬あとずさりをした。


(クリックで拡大)
訪ねたときはすでに夕方で、周囲が薄暗くなりつつあったためか、あるいは周囲の静けさとグスク独特の雰囲気がそう思わせたのか、とにかく迫力がある。これが最古の歴史に裏打ちされた迫力なのか。


これまで見た村落を守るシーサー(数体)は、風化して彫りがハッキリしていなかったり、いかにも古そうで朽ち果てる寸前という印象が強かったのに比べ、このシーサーは彫りが深くハッキリしており、目つきが鋭い。



とても300年以上前に作られたものに見えず、あたかもつい最近作られたかのようなハッキリとした造形の力強さを感じる。
こちらのページによれば、“沖縄県における守り神「シーサー」の元祖”とか、“沖縄各地のシーサーは、ほとんどがこの大獅子をモデルにした”とか、ほかにもゴジラ映画に出てくるキングシーサーのモデルになったらしい、ということが書かれている。

その中でも触れていたが、この記事を書いていて思いだしたことに、ずっと心にひっかかっていた写真のことがあった。

それは以前、平和祈念資料館あたりで見たのか、戦争記録の写真集で見たのか定かではないが、第二次大戦中のまさに戦闘中の写真に富盛の大獅子が写っていた写真だった。

   ↓↓↓ この写真 ↓↓↓

   東風平町富盛の石彫大獅子
   ハイウェイ 1 の時代 今も残る戦後沖縄より)

自分も知っているぐらいだから、たぶん有名な写真なんだろう。

そう、これが脳裏に強烈な印象を残していて、
いつか大獅子を見てみたいと思っていたのだ。


   戦闘中の弾よけになっても、

   周りが焼け野原になっても、

   今もこうしてこの場所に
   大獅子が残っているということ。

   それがすべてなのかもしれない。


物言わぬ大獅子は
その存在そのものが何かを物語るように
静かにたたずんでいた。



(クリックで拡大)




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2 コメント:

かずねえ さんのコメント...

ど〜も〜!
メッセージありがとうございます!
でも何故送信できないのでしょうねぇ??

さすがgreenbeeさんの日記には中味がありますね〜!
と〜っても勉強になりました〜!
こんなことを踏まえて見たら、また見方も変わってきますね〜!

2009年2月3日 23:38  

greenbee さんのコメント...

さっそく(!)のコメントありがとう <(_ _)>
半端な内容だけど参考になれば。

中味といえば足りないのは行動力
かずねえの爪の垢を煎じて飲まないとなぁ

2009年2月4日 0:53  

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